異世界より、まだ見ぬ故郷へ

暑い

特に何があったというわけではないのだけれど。

暑くて何にもしたくない。

だけどただひたすらに時間だけが過ぎていくのも嫌だなあと思って書いている。

 

最近何があったっけな。

そうそう、コロナの影響なのか、コロナは関係なく何か別の要因で職場の利益が低迷しているのかは末端の人間には情報がやってこないのでわからないが来月のシフトが大幅に減らされている。

わたしだけでなくほかの人もみんなそうらしい。

 

ちなみに今月も、先月より減らされていたがまだ許容範囲内だった。

しかし来月はちょっときついぞ。

これが短期的なもので、何か利益向上を目指す戦略を持っているのかどうか、それとも長期的なやり方になるのかすらわからないので職場を変えるかどうか悩みどころである。

 

短期的な方針であり何かしらの戦略があるのであればまだ見込みはあるけれど、そうでないなら今の職場に執着する理由もないのでもう少し条件の良いところを探す必要がある。

 

今月は引っ越しの準備にいそしんでなかなか気が休まる日もなかったがまた新たな試練がやってこようとしている。

 

だけど動揺しないことにした。

なるようにしかならん。

幸せを願って全力で人生を駆け抜けても思い通りにはいかないものだし、それで一喜一憂して心が乱れるくらいなら幸せが欲しいという欲を捨てればいい。

そして流れに身を任せる。

 

いろいろとやらなければならないこと、調べること、考えること、やりたいことと山積みの状態なのだけれどまずは引っ越しを終わらせて生活を落ち着けることが第一。

生活が一段落して少し休息してから一つ一つ片づけていく。

 

 

 

それはそうと、引っ越しの準備をしていてすごく思うのは、外部からの電話がものすごく多くなって憂鬱だなということ。

必要だから仕方がないのだけれど、メールで済むならメールがいいなあ…と思っている。

 

わたしは電話が嫌いだ。

なぜなら時間と身体的拘束があるから。

身体的拘束というのは、私個人の場合電話をしながら何か別の作業をするという行為ができないので電話の間ずっと手持無沙汰で話をしたり聞いたりしているのだけれど相手の話が長くて興味がない場合ものすごくこの身体的拘束感が苦痛なのだ。

そしてもちろん時間もとられる。

電話の最中だけでなく、一度電話があって出られなかった場合たいていまた電話するという留守電が入っているのだが何時ころに折り返しをしてくるのかということが一切ないので電話が来るまでの間ずっとスマホを気にして待っていなければならない。

 

わたしは一人でゆっくり過ごす時間を非常に大切にしているので、家にいるときは基本的にお休みモードに設定して電話やメールの通知が一切来ないようにしている。

そのため電話が来ても気づかず出られないことがほとんど。

メールであれば気づいた時に確認して、自分の時間に一区切りがついた時に返信をすることができるのでストレスはほとんどないが電話はこの比ではない。

 

今は少し落ち着き始めたが、いろんな業者から商品の勧誘を含めたいろんな電話がくるので気がめいっていた。

 

 

この件で改めて思った。

わたしはつくづく拘束されるということが大嫌いなのだなと。

 

この前テレビでリモート同棲というものがはやっているという情報を聞いたけれど、1日中電話やラインでつながっているなんてわたしには無理な世界だと感じた。

人とのつながりももちろん大事だけれど、完全に一人になって休息したり考え事をしたりする時間が1日の中でも十分確保できていないとわたしの心身はおかしくなるだろう。

 

拘束されることとはまた違う話かもしれないけれど、このリモート同棲に関連して。

わたしは他人と多くの時間を過ごすこと自体も好きではない。

他人と多くの時間を過ごすと良くも悪くも影響を受ける。

攻撃的な人、極めて自己中心的で迷惑をかけられる人と入れば当然悪い方に影響をうけて不調になる。

また、自分に対して肯定的な人であっても今度はその態度がいつまで続くのだろうかという疑念が頭の中に生まれる。

そして、少なからずその肯定的な態度が長く続いてほしいという欲を持ち、無理をしたりしてしまう。

わたしはこの欲を持ちたくない。

欲を持っているその状態が苦しいからだ。

なのでよい人であっても多くの時間を過ごしたくはないと思ってしまう。

人と会った後は一人になって、一旦心をリセットしたい。

心をニュートラルな状態に近づけて、また次の日に頑張るのだ。

 

 

そんなわけで、引っ越しが落ち着いたらちょっと数日全く人とかかわらないで休みたいなあと思っている。

9月くらいになりそうかな。

来月の希望休もう出しちゃったから。

 

 

海の見える、人の往来がまったくない場所に小さなログハウス的なものを立てて、疲れたらそこに引きこもりに行く生活が夢だ。